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インタビュー

【AI Governance Leaders】  金融業界のAI革命最前線 AIガバナンス協会理事 山本 忠司インタビュー

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生成AIの急速な進歩により、金融業界は大きな変革期を迎えています。生成AI技術の登場は、従来のビジネスモデルを根本から見直す機会をもたらすと同時に、金融機関として厳格なリスク管理との両立という新たな課題を提起しています。AIガバナンス協会(AIGA)理事インタビュー第4弾となる今回は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以降、MUFG)でCDTO(最高デジタル・トランスフォーメーション責任者)を務める山本氏に、金融業界におけるAI活用の現実と可能性について詳しく伺いました。新たに60以上のユースケースに取り組む同社の挑戦から、金融機関が取り組むAIガバナンスの本質に迫ります。

―― AIガバナンス協会への参画の経緯についてお聞かせください。

金融業界は非常にAIとの親和性が高い業界だと考えています。これまでもAIを活用したサービスを提供してきましたが、生成AIの登場により、抜本的にステージが変わったと感じています。

現在、AIを活用できない金融ビジネスはもはや存在しないのではないでしょうか。顧客体験の向上、抜本的な効率化など、AIを活用することで画期的な進歩が期待できます。日本は少子高齢化が激しく進み、労働力がどんどん減少していく中で、AIは救世主的な存在だと思っています。

一方で、利活用については皆さん前のめりになっていますが、リスク対策やガバナンスの部分がまだ追いついていないという課題があります。そのような問題意識を持っていたときに協会へのお話をいただき、まさに今の社会に必要な活動だと感じて参画させていただきました。

――  組織体制についてお聞かせください。

私はCDTOとして、デジタル戦略統括部という部署を統括しています。この部署は全社DX戦略の策定および推進をミッションとしており、AI活用の推進とガバナンスの両方を担当しています。

元々デジタル関連の組織は分散していたのですが、生成AIが登場してからは、全社のAI化という観点で組織を大きく変えました。以前は各部署に分散していたデータ管理やAIの導入・推進などを全て1つの組織に集約し、現在は約250人規模の組織になっています。この2年間で大きく変わりました。

――  金融機関におけるAIの可能性はどのようにお考えですか。

AIの活用により、金融ビジネスが大きく変わると考えています。特に3つの領域で大きな変化があると整理しています。

第一に、カスタマーサービスの大幅なパーソナライズ化です。これまで個々のお客さまに相対したパーソナライズされたサービスは人間にしかできませんでしたが、生成AIにより自然言語での対話ができるようになれば、相当個別にパーソナライズされた提案を、同時に多くのお客さまに対して提供できるようになります。

第二に、社内業務の効率化です。生成AIやそれを活用したAIエージェントの導入により、与信の稟議書作成や妥当性の検証、システム開発のコーディング効率化などが実現できます。

第三に、リスク管理とコンプライアンスの高度化です。取引データをリアルタイムでAIがモニタリングできれば、不正の早期発見や予兆の確認ができ、早期対応が可能になります。

―― 金融機関特有のAIガバナンスの課題について教えてください。

金融機関が取り扱うデータは非常に機密性が高く、個人情報の保護は極めて重要です。お客さまの財務情報も相当な量が蓄積されており、万が一漏洩すると顧客保護を毀損し、金融機関の信頼を失ってしまいます。

また、様々な法規制の枠組みがあり、グローバル展開している金融機関では、各国の規制が必ずしも整合的ではないため、各国の規制に合わせて対応しなければなりません。

透明性と説明責任も重要な課題です。AIでスコアリングしてローンを提供する場合、AIはブラックボックスなので、結果を説明できないとお客さまから信頼していただけなくなります。データの偏りがそのまま与信結果に反映される問題もあり、法規制も含めて、かなり高いレベルの管理が求められています。

―― 現在取り組まれている具体的な事例について教えてください。

現在、「AIネイティブ企業への変革」として、データドリブン営業、事業モデルの変革、社員の働き方改革の3つの軸で、MUFG全体で新たに60以上のユースケースに取り組んでいます。

具体例としては、好事例や過去のレポートに基づくお客さまへの提案サポート、社内手続検索、システム開発のコード生成、相続に関するコンシェルジュサービスなどがあり、AI利活用を積極的に推進しております。社内手続きをChatGPTにRAGで読み込ませた当初は正答率が約半分でしたが、RAGの進化により現在は90%程度まで向上し、社内サポートを実現しています。

現時点では、AIのハルシネーションへの対応策など、課題が残っているため、生成AIを活用したサービスをお客さまに直接利用いただくまでには至っていませんが、将来的には生成AIによるお客さま対応も展望しています。

AI技術の進歩は激しく、Sakana AIOpenAIなど先進的なスタートアップと連携し、彼らの技術と銀行のデータ・ノウハウを掛け合わせることで価値創出も図っています。

また、「AIネイティブ企業への変革」に向けては、組織文化の変革も必要です。AIを活用し、業務プロセス、さらにはビジネスモデルそのものを大きく変えていくには、社員のAIに対する抵抗や不安をどう取り除くことが重要です。

MUFGでは、ChatGPT等の導入により、多くの従業員がAIをいつでも利用できる環境を作りました。さらに、MUFGグループ各社が参加し、AI初心者が基礎から学べるような場から、中上級者向けのコンペティションまで、AIの可能性を体感し、AIへの理解が深められるようなイベントを開催したりもしています。

――活用とガバナンスの両立についてどのようにお考えですか。

昨今、AIの責任ある活用に社会的な関心が高まっており、AI活用とガバナンスを両立するため、MUFGでは「MUFG AIポリシー」を策定しています。本指針の下、グループ各社でAIの企画・開発・運用が適切に行われる態勢・プロセスを構築しています。

両立において重要なのはリスクベースアプローチです。全てに同一のリスク管理を適用すると過剰になってしまうため、リスクの高いところはしっかり管理し、リスクの低いところは最小限のコントロールにとどめています。

また、AIはブラックボックスなため、入力データと出力される成果物にしっかりガバナンスを効かせる必要があります。リスクに応じてヒューマンインザループ(HITL)で、適切な箇所に人間を配置し、チェックをしながら中間過程をAI化していくアプローチも 取っています。

最終的には、ユースケース一つ一つで固有のリスクが変わってくるため、個別のユースケースごとにしっかりとリスク管理をしていくことが重要です。AIだけを一律に管理するのではなく、各ビジネス領域でリスク管理を行うべきです。

―― 今後の金融業界のAI発展についてどのようにお考えですか。

AIは今後、金融ビジネスのあらゆる場面に入っていき、パーソナライズ化とリアルタイム化が進むでしょう。お客さまから見て「いつでもどこでも、相談したい時に相談できる」金融機関に変わっていくと思います。

ただし、現在は既存ビジネスの効率化に留まっており、本当の意味でのゲームチェンジには至っていません。例えて言うなら、黒電話からガラケーになった段階で、まだ「iPhone」のようなディスラプティブな変化は実現できていません。真のイノベーションはこれからです。

―― AIガバナンス協会への期待についてお聞かせください。

AI技術の進歩は非常に速く、そのスピードにしっかりと対応しながら、各業界の会員企業の声を丁寧に拾い上げ、民間の議論をリードしつつ、行政やポリシーメーカーとの対話を通じて制度設計を進めていくことが、AIGAに求められる重要な役割だと考えています。

企業がAIを本格的に活用し始めると、実践的な事例が集まりはじめます。そうした知見を集約し、ポリシーメーカーとの議論に活かすことができる組織は他に類を見ません。AIGAがそのハブとなることで、日本のAI利活用を前進させる大きな役割になると期待しています。私自身も理事として、その実現に向けて積極的に取り組んでいきたいと考えています。

―― AIガバナンス協会へ今後参加を検討している企業へのメッセージをお願いします。

金融業界は、AIによってビジネスモデルが大きく変わる可能性のある業界です。2025年3月に公表された金融庁のAIディスカッションペーパーでも技術革新に取り残される「チャレンジしないリスク」が指摘されており、積極的にAIを取り入れなければ、10年後の競争力に大きな差が生じるでしょう。

ただし、技術の導入と並行して、リスク管理やガバナンスの整備が不可欠です。AI技術は日進月歩で進化しており、各社で対応していては、AIガバナンスが後手に回ってしまうリスクがどんどん大きくなっていきます。だからこそ、互いに知見を共有し、企業がAIGAとともに成長することが重要です。

より多くの企業に参画いただくことで、団体としての力も増し、業界全体のAI活用と健全な制度設計に貢献できると信じています。